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28-9-06

珈琲と音楽、そこは花笠通り、道草。

山形駅へ向かう列車は冷えていた。寒くて小さくなった。寄りかかるところがあれば幸いだったが、通勤用の車両でローカル線とはちょっと違う。ボックス席が無いために、うとうとすると左にゆらり右にゆらり、口もあいてだらしが無い。しかし寒くて眠いのだ。

新庄で乗り換え、南へ一時間強。山形駅だ。電車はあっという間に空間を越えてしまったようだ。ビルの明かりが眩しい。三瀬では見られなかった光と喧騒。都会もそうでないところも両方が、両方の良さを持っている。決してどちらかに偏ることは無いだろう。それは東京生まれ故かもしれない。

旅行をするときに、中央郵便局は欠かせない便利なところだ。夜間の窓口があるから、葉書を出すために記念切手を買えるし、重量が分からない時、定形外の時、ちゃんとした切手を貼ることが出来る。

山形の中央郵便局は駅前から大通りをまっすぐに行き、花笠通りを左に折れて少しのところにある。しかし、よく考えたら、東京におくるこの荷物の宛名を書いてないし、手紙も添えてなかった。

と、そこに。

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「珈琲と音楽」

あやしげない雰囲気だ。看板が素敵で楽しそうだ。よくみると客もマスターも居ない。これは入ってやろう。

ドアを開けると、カランと鈴がなる。ちょっと明るいけれど、雰囲気はいいところだった。マスターが奥から出てきた。荷物が大きかったのでテーブル席に座らせてもらった。S本の仕事があがるのを待ってもいいな。そう思った。ブレンドを頼みかけたけど、ビールにした。手紙を書くために、土門拳記念館で買った大量の葉書をテーブルに並べてみる。悩む。どれもいいのだ。

その店は、カウンターに座ると、壁に飾られた沢山のソーサーとカップをみることができる。どのカップも似たようなものは無く、有田のものや九谷のものや瀬戸のものもある。LPが壁にかけてある。ボブ・ディラン、ビートルズ、よしだたくろう、ジョン・コルトレーン、ナットキング・コール・・・。話があうな・・・ニヤリ。

ゆっくり手紙を書いた。マスターに荷物を置かせてもらって、中央郵便局へ走った。

帰ってくると、音楽が変わっていた。やるなぁ。

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たぶん、吉祥寺生まれの鹿だと思う。


席をカウンターに移動する。ブレンドを頼む。話好きな人だった。山形、とくに市内の話をよく教えてくれた。コーヒーの豆のこと最近の県政のこと、いろいろだ。話が弾んでついつい長居した。友達と会うんだったら、あそこの焼き鳥屋がうまい。ここのスナックがいい。いろいろ教えてくれた。ついには、俺のボトル飲んでいいから、あそこの店に行ったらいい、とまで言ってくれた。ありがたいね。

ついには電話までして。

「いまからうちのお客さんがいくから。よろしくね。」

S本がそのだいぶ前に来て、久しぶりの再会を果たしたが、酒より先にコーヒーを飲んでもう夜の九時近くになってしまった。閉店までいたことになる。なのに、この間一人の客も来なかった。大丈夫だろうか。S本との再会はかなり喜ばしいことなのに、それ以上に面白い店を見つけて三人で笑いまくっていた。

「またくるわっ。」

そういい残して、言われた焼き鳥屋に行き、言われたバーに行ってボトルを頂戴して、ママさんにマスターの話をして、ママさんのピアノとヴォーカルに酔いしれて日付を跨いだ。

ママさんにもマスターにも子どもがいない。いたらこれくらいになるのかと言われ、かわいがって貰った。ママさんは、「中央フリーウェイ」を歌ってくれた。調布が故郷の、二人にと歌ってくれたのだ。楽しげな荒井由美の曲に、しんみりしてしまった。東京から地方に出た、同窓生はこの二人だけなのだ。

「右に見える競馬場、左はビール工場、黄昏がフロントグラスを染めて広がる、中央フリーウェイ」

帰りのタクシーの窓に反射したネオンの光は、なんとなく・・・。よく分からないけれど、なんとなく寂しげだった。

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24-9-06

山形をPRしよう

酒田の駅を二両編成のワンマンカーが発った。

ホステルでであった埼玉の鉄道好きの大学生が「海側に座るといいですよ」と教えてくれた。その通り座ってみたが、海は見えず田んぼの海が広がっていた。ここを「いなほ」という名の特急が通る理由がわかる。と、いったのはS本だ。ただの鉄道オタクではない。「いなほ」は米どころの新潟から秋田までを、黄金色の米どころを、繋ぐ。


酒田で無料観光用自転車を借りる。すごくありがたい。そして、当然のようにママチャリである。ママチャリはゆらゆら走れるから好きだ。車どおりの少ない酒田の路地を蛇行しながら、この旅の目的地である土門拳記念館に向かう。酒田の大きな高校の傍を通り、小さな川を越え、迷った。地図を見ていたのに、いつから方向音痴に?

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酒田駅の大きな獅子舞。

最上川。

迷った挙句に、渡りたかった橋からかなり離れた最上川の土手に出た。雄大な河だった。川幅はどれくらいあるのだろう。向こう側丘陵地になっているため、どこまでが河なのか。故郷の川を思い出した。それ以上だ。

土手を走りながら大声を出した。楽しい。河原では大ゲートボール大会が催されている。プレイヤーの数が半端ではない。目をつぶりながらでも走れるくらい何も無い土手だった。目をつぶった。

土手から落ちた。

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大型トラックの巻き起こす風に煽られながら橋を渡る。左に曲がれば記念館だ。大学のキャンパスと並んでの立地のため、酒田の街に比べて新しく整然としていた。静かだった。

十二時の少し手前だったが、お腹がすくといけないので駐車場にあった小さな蕎麦屋へ。草刈りのおっちゃんたちに混ざって、田舎蕎麦を頼む。

勘定の時に嫌な予感がした。一万円しかない。的中。お釣りがない。

「土門さんとこはいった?」

「いえ、これからです。」

「じゃぁ後でいいよ。」

「ありがとう。」

坂田の言葉の音が好きだ。イントネーションというのだろうか。このおばちゃん特有のものだろうか。大きな木が風でゆったり揺れるような優しい音だ。

土門拳。子供の時から見てきた唯一の写真家。構図、距離感、発想。敬服して止まないぎょろ目のおっさんだ。

展示の中心は『室生寺』が中心だった。本物以上に本物である。これはおばちゃんの受け売り。「おれぁ、よぐ分かんないけどぉ、仏さんが本当にいるかと思ったよぉ。土門さんはすごいねぇ。」

写真とは、真を写すべきだ。本物以上に本物で無ければならない。


彼の考えは、駐車場のおばちゃんが代弁している。

気がついたらもう三時だった。物販で小銭を作る。おばちゃんとこに帰らなきゃ。

「あぁ~、おかえりなさい。どうだった?」

「すげぇよ。来て良かったよ。」

「ありがと。ありがと。」

感謝されてしまった。

おやつがわりにビールをあけて蕎麦を頼む。おばちゃんとの話がまた咲いた。おばちゃんはこの近所の人だ。獅子舞の話を聞いたり、ブドウの成り具合を聞いたりした。今年の出来はいいそうだ。獅子舞や歌舞伎の舞手である子どもが少なくなってきているそうだ。祭りのときの舞は大人が男の子に教え、舞うものだ。その男の子が、少なくなっているのだ。おばちゃんのとこではその様な状況で、他のところでは女の子も舞うところもあるそうだ。働き盛りの大人は外に出ていってしまう。地域に雇用がないのだ。

おばちゃんは言う。

「山形はPR不足なんだよぉ。」

「山形は、米も野菜も魚も肉も果物も美味しい。だけどPR不足なんだよぉ。」

「そうかもしれないね。山も河も、こんなに綺麗なのに。」

確かに新潟を南に、秋田を北に。コシヒカリとあきたこまちという強大なライバルと比べ、はえぬき・どまんなかは知名度が低い。味は勝るとも決して劣らないのに何故か?


おばちゃんと楽しく小一時間話して、山形市に向かうために酒田駅に戻ることにした。途中山居倉庫に寄ったら、傍の神社でちょっとした出し物があった。

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小唄と三味線の音色が晴れ渡った午後の空にゆったり流れる。こんなときは酒なんていらない。水でいいのだ。わらわらと近所の人が集まってきた。入りたての舞妓が仮設の舞台で舞う。男の子はじっとしていられずに、芝生で取っ組み合いを始めた。女の子は呆れたようにみていた。

山形へはバスで行くのが一般的らしいが、最上川をみたかったので、電車で余目駅を経由していくことにした。最上川にそって小さな電車が走る。傍には最上川。切り立った山のすぐ下を濁った水が滔滔と流れてゆく。

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夏と秋の間だけど、秋に近い。


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21-9-06

さんぜ’’’の海

案内役氏と、オニヤンマを観察した後は、窓辺で宵っ張り(?)のフクロウの子どもを見ていた。

どうも、このフクロウは雛のときにカラスにやられ巣から落ち、人の手によって育てられたそうで、すこし大きくなった今でも、人家の近くにとまっては「ギャーギャー」と、フクロウらしくない鳴き方で、昼も起きているのだ。

フクちゃんと呼ばれ親しまれているこの鳥は、案内役氏もたいそうお気に入りの様子。ウクちゃん、ウクちゃんと、こっちもまだまだ「らしくない」呼びかけをしている。ずいぶんと長い間をそうして過していたら、案内役氏、そろそろ出勤の様子。かあちゃんに着替えるようせがまれる。フクちゃんをまだ見ていると駄々をこねていたが、保育園の先生の名前が出たとたん、この二歳児、すっと立ち上がりいそいそと着替えに行ってしまった。恋かっ!?ニヤリ。

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こっちも、ゆっくりと支度をする。十時の電車に乗り遅れたら、次は十一時をだいぶ回ってからなので、おちおちしていられない。

会員でもないのに、会員価格にしてくださった奥さんとご主人にお礼をしなければならないが、持っているのは飛島のあらめと、京都土産の安い煎茶だった。S本への土産だったけど、それ以上のものをホステルから頂いたので安いお茶だったけど、置いてきた。S本、すまん。彼は一週間後の三連休、京都に遊びに来たのでちゃんとした土産を渡すことが出来た。

藁しべ長者さながら、あんなお茶が、あっという間に国産有機麦の自家製パンに変身してしまった。ホステルの旦那さんが、お茶のお礼にとくれたのだ。他にも採れたの梨も頂いてザックは許容量の25リットルを大幅に超えてしまった。道中の糧とする。嬉しくて仕方なかった。

ホステルに別れを告げた後、気持ちの良い青空の下を、どこまで続いていそうな谷戸田を両手に、駅まで歩いていった。雲は、昨日も今日も気まぐれに浮かんでいる。

と、そこに大きな荷物を載せた白い軽トラが横を通り過ぎて止まった。ホステルのご主人だ。

「電車の時間は何時なの?」

「10時4分です。」

「じゃぁ、まだ時間はあるね。海には行った?」

「残念ながら、まだ見てないのです。」

「それじゃぁ行かなきゃね。」

軽トラの助手席に飛び乗って、子犬のワルツさながら軽快なスピードで三瀬の町を尻目に山手に登っていった。舗装された道は、すぐに砂利道になり山の中腹の眺めの良い、開けたところで止まった。斜面のガードレールを埋め尽くしたまだまだ生命力の強い夏草は、吹き上げる海風に負けず小さな花を冠し、触れると切れそうな強靭な葉を支えていた。

三瀬の小さな浜が見えた。ホステルの旦那さんは、誇りを持って言う。

テトラポッドのない、これだけ綺麗な浜は三瀬だけなのだと。天気のいい日は夜になると、妖しげに青白く光る夜光虫が見られるのだと。

話がこの先だったのか、この後だったのか良く覚えていないが、三瀬という土地の由来を聞いた。土地の名は『よ義経記』に、まず確認されるという。そして、そのころは「三世」と書いたそうだ。

「三世」、つまり前世・現世・来世なのだ。過去・現在・未来。それが土地の名なのだ。

夏草と千切れ雲とは対照的に、海風は少し冷たかったが、不思議な感慨を覚えた。どこまででも行けそうな海の見えるこの小高い土地に立って後ろを振り向くと、それほど高くない山がやさしい曲線を描いて、収穫を待つばかりの田を風が走っていた。

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20-9-06

音楽

 暗い。

 暗い。

 Cry,baby,cry.

 どこまで行っても暗い。道に迷った。

 三瀬の駅に着いたら、人に聞こう。そうしたら分かるだろうと、たかをくくって酒田を出た。無人の駅舎は、学生を迎えに来た人でいっぱいだ。ロータリーも車だらけ。

だけどあっという間に、エンジンの音が聞こえなくなって、一人残されてしまった。ホステルまでの道のりは、地図を失ったことによって、見当もつかなくなった。うろ覚えのまま、駅を出て、右に。

街灯がともる間隔が小さくなる。虫の音しかきえなくなる。犬が吼えた。小さい犬特有の、高く短い鳴き声。あっというまに闇に吸い込まれた。人家が消えて、山道になる。左に曲がる道。

街頭の光が届かなくなる、その境界に立った。自分の手が見えない。星も月も厚い雲が隠している。

こんな暗闇は久しぶりだ。小さい頃、夏休みは祖父が働いていた伊豆大川にいくのが慣わしだった。ガードレールのないくらい道を祖母と歩いたことを思い出した。ガードレールの下は川だった。不気味だったことを思い出した。

これは、違う道だ。その暗闇を歩いて、ちょっと興奮したけど冷静にそう考えた。

だけど、どうしようもない。

寂しくなって東京に居る弟に電話した。でない。

国分寺に居るはずのタイラに電話した。でない。

つくばのパルイケに電話した。でない。

やばい。これは久しぶりにやばい。

光に集まる夏の蟲のように、当てなどなく歩いた。ついたら小学校、デイケアセンター、自動販売機。

ホステルの電話番号もわからない。人も居ない。

携帯があるじゃん・・・。ネットで調べればいいじゃん。

あっけなく、電話番号判明。駅を出て、左右左右でつくらしい。出だしから間違っていた。街灯が嬉しい。旅館を右に曲がり、赤い橋を渡って左に曲がって、山の中腹に橙色の光が見えた。木々で隠されているが、優しく光っている。


ホステルは、対称じゃない菱形をしていて、入り口が狭いが、中に入ると天井がだんだんと高くなり、床が一段下がることによって、それを強調していた。正面には暖炉と天井まで続く煙突があり、大きな窓が二階までのびている。冬はさぞ寒いだろう。また、柱が無く、壁で支える、箱の建築物だ。二階の客室は部屋ごとに階段状になっていて、廊下によってぐるりと建物内を一周出来る。もちろん、一階からの吹き抜けによって見通しはきくし、開放感はこの上ない。また、壁はほとんどが白色だけども、光の色で決して潔癖を思わせる白ではない。

こんばんわ。

声が響く。音楽だけが流れている。BGMという安物感がなく、そっと流れていた。ピアノとギターが壁にあった。ポスターにはつい先日ライブがあったことが書かれていた。きっと気持ちが良かっただろう。

こんばんわ。

誰も居ない。音楽だけが流れている。気持ちのいい空間だ。

こんばんわ。

ホステルの主人かと思われる、小さな男の子が出てきた。なにやら、ズボンを引っ張ってくる。どこに連れて行こうというのか。君は保育園児だね。しかも、ねんしょうさんじゃないかい?山形弁じゃないが、これじゃ会話が出来ないね。今夜ここでお世話になるものだけど、どうしたらいいんでしょう?まだ、楽しそうにズボンを引っ張る。風呂に入れとでも言うのかい?確かに汗臭いね。

やっと母ちゃんがでてきた。いやいや、助かった。

ホステルは初めてだというと、内緒でまけてくれた。会員価格に。お礼を言って、部屋へ。案内役は、例の彼だ。階段を上り慣れてるところを見ると、みんなを先導してくれてるのだろう。小さい頃からのお手伝いは、いいことだぞ。後ろから行ってみたけど、彼は上ることに必死だ。

先客はライダーだった。千葉を出て、北海道を回ってきたらしい。どうも話があうとおもったら、多摩市に住んでたことがあったようだ。こんなところで、こんな人に会うとは、楽しい。

書きつくせないような、楽しい話で盛り上がることが出来た。風景の描写は出来ても、会話の描写は難しい。すごくほっとする時間と空間で気がついたら深夜の二時だった。もう寝なきゃ。


朝は突然やってきた。だんだんと目覚めるのではなく。いきなり目が開いた。

そとが明るい。すばらしい晴天だった。雲は、夏の雲。千切れ雲がゆらゆらと浮かんで時折、日陰を作ったがすぐに明るくなる。緑がまぶしい。

深夜になっていつの間にか消えてしまった音楽も、心地よく流れていた。大きな窓からは日の光が入って、顔も洗わず、広間にあったロッキングチェアに座る。このまま、また眠れそうだった。外では蝉のかわりに、鳥が鳴いていた。夏は終わったのだ。

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本棚にはあふれんばかりの本。本棚は人を表す。と、思っているので早速探検。なかなか、話が合いそうだ。それだけで楽しい。

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光が優しい。冬は厳しいだろうけど、きっと炎が和らげてくれるのだろう。10月から使うこともあるそうだ。

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テーブルの数より多い椅子。きっとたくさんの人が何かで集まるのだろう。

朝食までの間に、ゆったり時間を過した。本を読んで手紙を書いて、窓の外を眺めて、久しぶりにゆっくりした朝を過した。実家に帰って、朝ごはんを待っている間のような幸福な時間だ。

朝ごはんは、地域の人からわけてもらったものをだしてくださった。有機玄米に、おいしい野菜。プチトマトが苦手なんだけども、こんなに甘いのは久しぶりに食べた。
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朝食後、ライダー氏と写真を撮り「いい旅を」とみんなで送り、『ノーザンライツ』の好きなところを読み返していたら、案内役氏やってくる。

ちゃんと朝飯くったのかい?どうも途中で抜け出してきたようだ。母ちゃんに怒られるぞ。そんなことは構うものかと案内役氏。ムシキングのカードを自慢げに見せてくれる。

と、そのとき。ハチかと思ったらオニヤンマが窓から入ってきた。すごい羽音だ。ハチよりもでかいし、目が恐い。案内役氏を膝に乗せて、しばし観察。

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構図:案内役氏。 シャッター:ねずみ。目標:どっかにいるオニヤンマ。

楽しい幸せな朝だ。


この時の一曲(たいら、もとい岸田風に)            
                     
ヨハン・セバスチャン・バッハ インヴェンション第1番ハ長調BWV722/グレン・グールド

 

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19-9-06

土門拳が子どもだったころ

飛島を離れる頃、また涼しくなってきて、汗を吸いすぎて飽和状態にあったオックスフォードシャツは、冷たくなっていた。その下に着ていたTシャツは、桜木花道並みに絞れるくらいになって、風邪をひく条件がすべて整っていた。

くしゃみは出るわ、鼻水はでるわ。悪い兆しだ。

船に乗り込み、鳥海山が見えそうな位置に座り、Fの掃除をした。

そのまま寝た・・・。

汗は、すっかりシートに移り、シャツは体温で乾いた。どんな高熱や・・・。

飛島で、一口アワビや魚介類を食べてやろう。と、意気込んでいたが食堂はやってないわ、買うところはないわで、朝の食堂でまたご飯を食べた。

若い、大学生かと思われる男女数人が楽しそうにイカスミアイスを舐めていた。楽しそうだ。こっちは、窓際で海を眺めながら刺身定食をもくもくと食べているのだ。天と地の差。でも、こっちはこっちで楽しかったのだ。

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階下の魚屋に小鯛が並んでいた。

再びエネルギーを得ると、雨は上がっていて、正確には一休みしていて、楽しく歩けた。港で得た地図を頼りに、市街を歩く。静かなものだ。北に向かって歩いていると、石畳の道になり向こうに赤い鳥居が見えた。後ろは高台だったので、見渡せるだろうと思い足を向けた。

立派な木の鳥居で、朱が雨雲に冴えた。階段を上ると庚申塔があって、向こうから猫がやってくる。雨なのに散歩らしい。水が嫌いというのは、どうもこの猫には通じていないようだ。でっぷりとした茶に白の縞がある猫だった。猫に良く会うが、決して好かれわしない。この猫もゆったりした歩みで五mほど前で止まって、すぐに行ってしまった。

日枝神社という。

つくりが面白い。鳥居がある方向、つまり参道に対して、右手に九十度に本殿がある。本殿に大してまっすぐに抜ける大きな道があるが、そちらには鳥居が見当たらなかった。見えないところにあるのだろうか。

すぐ近くには光丘文庫という、小さな資料館がある。結構異様な雰囲気。いつもだったら、こんなところはスルーだ。

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こいつらがいなければ。

郷土関係の資料があるという。ちょうど石原莞爾の集めたナポレオン関係の資料を展示していた。石原莞爾は鶴岡生まれだそうだ。軍人としてのイメージが強すぎて、『世界最終戦論』など、それ以外に浮かぶものがなかったが、面白い人物だ。最後が面白い。鳥海山の麓に集団農場を開いてそこで幕を閉じた。旧軍人がどういった経緯で農場を・・・。

そうしたことや、酒田の郷土史を含め、生業・気候など話してくれたのが、ここの館長さんだ。ナポレオン資料に飽きて辞そうとしたら、この頭髪の薄く、めがねをかけ、背の高い人物にぶつかりそうになった。高い声で驚かれた。

高校の国語の教師に少しにて、好感がもてた。この展示の資料冊子を作って五百人目の来館者という名誉を賜った・・・。そして資料は尽きた。

一応たずねてみた。

「いつお作りになったんですか?」

「五月かな。」

スゲー!!意外と来ていた!一ヶ月に百人は入ってる計算だ。

一日に三人強!やるなぁ。資料を取らない人も居るだろうから、まだ来ている可能性もある。観覧無料だし。

土門拳の話を聴いた。彼は酒田の、この神社のあの鳥居のそばにあった祖父母の家で過すことが多かったそうだ。彼の回顧録を見ても、日和山公園のことや、日枝神社のことが書いてある。

なかなかのガキ大将だったようで、年上も年下も区別もなく、彼の号令がかかると子どもたちがワラワラと集まってきたらしい。この神社で、驚くほどの乱暴さで遊んだのだろうか。あの目のぎょろぎょろした大人は、きっと子どものときもそうだったに違いない。晩年、といっても十一年間の入院生活をする前だと思うが、鳥海山や酒田の町並み、そしてあの最上川をフィルムにおさめたそうだ。きっとここも入ったのだろう。いや、あの天邪鬼は敢えて選ばなかったかもしれない。もし見られるなら・・・。


「いい旅を。」

そう送られた。確かに、これは旅だったようだ。彼に言われて、再認識した。

その後、街を徘徊し、うろうろしている猫を撮りながら歩く。寺をみたり、果物屋で旬は何かチェックしたり。

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その右後ろ足は、いつでも逃げられるように。


それから、迷ったけど早くから開いていたお鮨屋、「こい勢」にあろうことか、こんな格好で入った。駅から近く、大丈夫かなっと思ったのだ。

オールカウンターだよー。大人の視線を浴びる。鮨屋デビューだっ!

「大将!おまかせでっ!!」

財布を確認して、憧れの言葉を発する。

「あっ、握る前に、ちょっとお刺身。あとビール。」
通っぽい、社長と山口県防府に出張に行った際の習いたての言葉。

綺麗な艶と姿の刺身と寿司。

「ほいっイカ!塩かけてあるから、そのままで!」
『将太の寿司』に出てきた鮨みたいだ・・・。

「あぶり太刀魚だよ!これも塩。」
ぷるぷるだ・・・。

「活車えび!地元んだよ!」
シャリの上で動いてる・・・。

「鮟鱇!うまいよー!」
職人技とは、このことだ・・・。

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夕焼けが満足の印。

酒田駅で一時間に一本の南に向かう列車に乗る。高校生の多いこと。帰宅でこれを逃したら、どうなるんだろう。何をしても、何を話しても楽しそうだ。こっちまで笑えてくる。大きな口をあけて寝てしまったけど・・・。

三瀬駅に着いた。

静かで暗い。無人の駅舎の電球が暖かい。

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18-9-06

十年、二十年、三十年

秀麗なる鳥海山を展望台から眺めようと、「巨木の森」を歩いた。たしかに、いままで歩いてきたところでは見当たらなかった木々が、物も言わず生きている。平均気温が十二度というこの島ならではの生態だろうか。甲斐もなく目論見ははずれ、展望台からの眺めは一面の雲と海だけで、あの山の逞しい姿は三十分待っても現れなかった。次第に雨が強くなり、船の時間が迫っていたので、高台を下り森を歩いた。

雨が強く傘を叩く。

中村の集落に入る、あの小学校の前になっても山は姿を見せなかった。気まぐれな雲。同じ名前を持つのに、時に腹立たしい。

郵便局に立ち寄り、急いで直方と東京に三通の葉書を書く。住所録のあるフィールドノートは見つかるのに、ペンが見当たらない。慌てて家に忘れてきたのだ。雨と汗でびしょびしょの手で、ゆうぱっくの宛先を書くために置かれたペンを握る。水滴はぬぐえても汗は体の内から出てくるので仕様がない。ペンは船に乗って荷物の整理をしたときに出てきた。慌てていたのはあの時だったのだ・・・。

目的の四分の三を果たし、また道を歩く。港のどこに住んでいるのか、野良が餌をねだりに遠巻きに窺う。決して寄っては来ない。
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小さな社や、祠や墓を見て歩く。染み付いてしまった習慣だ。しかたない。年号を調べ、何が祀られているかを見る。消えかかった文字や、地衣類に覆われた碑は見ることが出来ない。だが、そう古いものではないのだ。これを建立した人は、未来をどう見ていたのだろうか。

券売所につき、旅客人の個人情報を所定の紙に記し、券を買う。遭難したときに使うのだろうか。

あらめは、特産だそうで、暇そうに居眠りをする土産物屋のおっちゃんを起こして買った。食べ方を聞いたが、残念なことに言葉の半分ちょっとしか分からず、時間もあって要点だけ聞いて後にした。

これでこの島は最後だ。

船にまた、荷物が詰まれる。いろいろなよくわからないもの。さっき書いた葉書は、赤い軽バンを走らせてきた若いにいちゃんが郵便袋に入れてくれたのだろう。一緒に酒田に行くことになった。
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よくみたら、船のむこうに・・・。

気がつかなかった。最後に見れたのだ。

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眺海の山

中村の集落が終わりになる左に曲がる坂道は、海に飛び出すようになっていた。あたかも、そこで道が終わってしまうかのように。山手に自治会館、といっても小さな集会所だ、があり道の向こうは防波堤で海が小さく、空が広がっていた。

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また一台、軽トラが行き去る。

会釈をして海を見ると、大きな山があった。海に浮かぶ大きな山。頂に傘雲かぶり、尾根はよくわからないが、とてつもなく秀麗な山だ。連峰ではなく、ただ一つ聳えている。北西からの雲がぶつかって、大きく形を変える。風が強い日でないと、この姿は見られなかっただろう。島の上と、山の上は曇ってはいたが、海は晴れていた。

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なんという美しい山だろう。感嘆の声が漏れる前に、息を飲んでしまった。Fのシャッターをひたすら切る。どれも露出があっていなかった。唯一近かったのは、海鳥を中心に捉えていて、あの山は外れてしまった。しかし、忘れ得ない。素敵な山だ。

名を鳥海山という。

飛島は、酒田がそうだったように北前船で栄えた島だそうだ。酒田に寄港できない船が飛島で停泊して、凪ぎを待ったそうだ。船乗りもこの山を、同じように眺め、雲の行方や風の向きを読み、出帆したのだろうか。

その飛島の人口は、ここ数十年で大幅に、一気に減少したそうだ。つい先年までは子どもがいたそうだが、いま就学児はいない。平日なのに静かな校舎を眺め、遠足だろうか、楽しいだろうなと思った自分が嫌になった。

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主のいない校舎に花が咲く。

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理科の教材とならない蝶が、恐れずに羽を休める。

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勝浦から中村まで

岸壁を離れたのは覚えている。左手に大きな風車が三つあり、右手に島の人の大きな風呂敷包み三つあった。それからどれくらいたったのだろう。ザックを枕に三席も使い靴を脱ぎ靴下も脱ぎ、横になってしまった。デジカメで寝ぼけて撮った窓の外には流れの速い雲が写っていた。

気がついたら日本海に浮かんでいて、遠くに光の柱が見えた。船の周りには霧雨が落ちていて、窓は水滴で沢山の小さなレンズに覆われていた。また眠った。

Fと『ノーザンライツ』を抱えて起きた時には、島から500mも離れていない所で漁船が二隻ほど見えて、島に近いことが分かった。あわててFのレンズキャップを取り、ピントだけを合わせた。京都に帰り現像から上がってきて、プリントしたのを見ると、露出は、島で撮った中で一番の当たりだった。やはり露出計をつけるべきだった・・・。

船は180度反転して、港の外に船首を向けて停泊した。人と共に色々な荷物が降ろされる、軽バンも船に乗って日本海を渡っていて、船に備え付けられたクレーンで下ろされていた。この島への便り、この島からの便りもこの船に依存している。少し膨れた郵便袋が船から下ろされたことが、それに何の関係も無いが嬉しかった。

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島は静かだ。

先月まではどうか知ることはできなかったが、見たり、聞いた話によると、やはり来島する人は少なくないようだ。それに比べると、九月の平日は、日常の穏やかさを取り戻したのかもしれない。また、二時間半という決められた時間の中で、多くを見られるはずも無い。出来れば、そこに住む人と話をしたかったが、なかなか溶け込めるだけの時間では無かった。どうしても好奇、というか胡散くさい目で見られる。出来るだけの挨拶と出来るだけの微笑みを表現したところで仕方の無いことだ。

しかし、この島を嫌悪するようなことはない。先入観があるのかもしれないが、また訪れたい土地だとすぐに感じた。

島は狭い。

それは地理的に狭いということだ。おおまかに北に位置する勝浦という集落から、展望台がある中村と法木間までの西部まで目で見て近いと感じる。ここから歩くことにした。

自転車を借りられることは知っていたが、なんせそれを世話している店が開いていないのだ。どうしようもない。それに自転車があると、移動は早いが、写真は取れないし、身重だ。海沿いの道と、家屋を縫うような道と、それほど離れておらずほぼ並行に走っているが、海沿いの道を歩いた。時折軽トラやママチャリに乗ったおじさんやおばさんが通る。

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港の広さの割りに船が少なかった。これから一時間後、何隻もの船が帰ってくることを知る由もないので、寂しい港だと思った。

中村という集落に入る前に、一つの史跡がある。テキ穴という。名前が、まずよく分からない。平安時代の人骨が発見されたと書いてある。その時点で、まず入る人を選別するだろう。スルーしてもいいけど・・・・。

入るまでの五分は、自分でも独り言が多かったような気がする。入らないのか?やめちゃうのか?せっかく来たのに。なにも出ないって!民俗学をやってきた人間は、科学的にその存在を考えるが、この時は頭じゃなくて心で感じた。やばいって。だけど、入るでしょ。ここは。

全長は約50m。学校のプールを往復するくらいある。外は小雨。空は曇り。中はジメジメ。明かりは機能していないところもある。大丈夫。大丈夫。明かりを頼りに奥まで入る。じいちゃんの形見のFをしっかり抱いて。

なんのこたぁない。普通の洞窟、だったと思う。あれさえなければ。

奥まで行ってやっと写真を撮る勇気が出てきた。露出どうしよう。真っ暗だし、ISO100だし・・・、外は明るいし。そんなん考えてるだけ余裕だった。しっかり、写真を撮って、辺なの写ってたらどーしよーとか口に出したりしていた。

あー、外だよ。やっぱお天道様の下はいいぜー。

とか思ってたら、ザックが狭くなってた天井に引っかかった。

さらにこけた。

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おもいっきり外に走って出たら、手ぬぐいを頭に巻いたおばちゃんを驚かせてしまった。まじごめん。

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14-9-06

街道をゆく、飛島。

港は、まだ静かだった。といっても船のでる港は、南部に位置しており、他の機能は北部にあると思われるので、そこはどうだったか、わからない。古くから最上川を利用した物流の中継点として、北陸や近畿に米などの食料品や岩石などを扱ったと土地の人から聞いた。最上川の流れを人工的に変えて、いまの景観となったのは古い話ではないそうだ。

ともかく、強い雨の中で小さな傘しかなかったために、ザックはもとより靴もひどく濡れていた。空は鼠色のまま、雲だけが形を変えて、それ以外に見出すことはできなかった。うろ覚えの地図を頼りに来たのが間違っていた。背の低いばあちゃんに、港をきいたら思っていた方向と反対側だった。飛島へ行くのだというと、よくこの雨の中と、言わずとも顔が表していた。珍しいと思う。自分でも。

飛島への船乗り場は、まだ眠っていた。おかしい。調べてきた時刻まであと一時間だ。船は見えるが、券売所は機能していない。船にも海鳥がまるで船守のように佇んでいるだけだ。
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ともかく肌寒かった。日本海3号に乗る前に食べた桂花ラーメンは、昂ぶった心と港までの徒歩ですっかり消費したようだ。券売所の建物の二階は食堂になっていた。朝の七時からやっているという。港湾関係者が仕事を終えた後に寄るのかもしれない。確かに、それらしき格好をした、若い男が多い。

そのためか、朝飯というのに豪快だ。刺身に焼き魚に筋子に小鉢、白米と汁は言うまでも無い。それで600円。客が来るわけだ。暖かいご飯と味噌汁。それだけで充分と思っていたら、いろいろなおかずが付いて寒い中を歩いてきたのでとても嬉しかった。雨は、好きだ。だけど、体力はしっかり奪っていく。

味噌汁はよくみると味噌汁だけど、味噌汁じゃない。「どんがら汁」というそうだ。魚のアラが入っていた。写真を撮るのを忘れて口を付けてしまった。あぁ、惜しいことをした。アラの見えないどんがら汁・・・。帰京してから調べたら、山形の大寒のころの郷土料理だそうだ。もちろん、大寒にはまだ時期がかなり早い。しかし、凋んだ心と縮んだ体を温めてくれたのは言うまでも無い。これは「寒鱈汁」と書くそうだ。これをどんがら汁と読むにはかなり無理があるように思われるが、それはまた今度行った時に聞いてみよう。
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朝食は俄然、人の活動を活発にする。常日頃、寝る時間に重きを置いて、しっかり食べない独身者にはその効果は絶大だ。券売所が動き出す前に、歩いた。雨が降っていたけどお構い無しに。食堂の下は小さな土産物屋券魚屋になっている、商売の相手はきっと観光客だろう。まだ開店前だったが外から見ていても面白い。でかい魚がどんどん並べられている。地方卸売市場はシャッターが下りていた。もう終わったのだろう。その前で、おっさんが二人三人タバコをのんでいる。

券売所が開いた。

唖然。今日は一航路の日だった。

ちゃんと調べてきたはずなのに。迂闊だった。二航路の日は土日だけだ。予定では五時間はゆうに居られるはずだったが、その半分以下の二時間半の滞在だ。出来れば一泊はしたかったが、ゆっくりして忙しい日程だったので、そこは諦めたのに・・・。

たしかに、やめようと思った。生殺しのような二時間半になる。しかし、約束があったこともそうだが、何よりも自分が行きたかったのだ。九時半まで待つことにした。

何が功を奏したか。北西の空が明るく済んだ空色になってきた。港を後にしたらどれだけ後悔しただろう。何かが憑いていてくれている。そう信じた。

船は島の人口を考えると、意外と大きい。夏場の観光シーズンの華やかさが覗われた。しかし、今日は九月の平日。地元の釣り人が数人と島の人、そして気まぐれなこの唯一の観光者しか見当たらない。

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船と時代が変わっても、こうやって渡る人は変わらないのだろう。

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13-9-06

Limited Express Sleeper

ディーゼル車特有の振動で、時折目が覚める。窓を雨粒が後ろに流れていき、思い出したように止まる大きな駅では、日付が変わると乗る人もいない。深夜になって車内放送も終わり、次の放送は七時前だ。車輪の軋む音と、踏み切りの鐘がリズムを刻む。『ノーザンライツ』の活字もだんだんとぼやけていく。

敦賀のプラットホームはしっとりとした雨が降って、水溜りが出来ていた。
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一番の深い眠りから覚めたのは、保険でかけておいた携帯電話の目覚ましのおかげだ。久しぶりの寝台列車に興奮して寝付くのが遅かったので、かけておいて正解だった。中途半端な丈のJRマークの寝巻きのまま、廊下に出てみる。相変わらず雨は止んでいないようで、むしろ昨日より強くなっている。パシパシと窓を叩く。遠くの山はガスでぼやけていて、田んぼは収穫を前に冷たい雨に打たれていた。

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昨日のことを思い出してみる、車両に乗り込んだ後、ずっと待ってた。
そりゃ、ベッドメイクの人さ。タイの寝台に乗ったときは、そんな人が来て、テキパキと白いシーツを設えてくれて、一服する間もなく質素なベッドができた。日本じゃ当たり前だろうと思っていても、誰も来やしない。B寝台はそういうものなのかな?

隣の人はもう寝息を立てていて、音を立てないように慎重にシーツを敷いた。寝巻きも着てみたが、はっきりいって身長にあっていない。恥ずかしいので羽織るだけにした。洗面台に向かうと、熱いお湯が出た。雨の日には、何よりもありがたい。石鹸もあり、顔を洗うと気持ちの悪い汗がとれて、ちょっと眠くなった。車内はひんやりしていたので、掛け布団が気持ちよかった。本を読みながら、敦賀に着く前の日本に数箇所しかないループを待っていたが、起きたら敦賀・・・。

酒田の駅についたのはちょうど七時。何かをいつもと同じように始めたい時には、寝台特急はとても便利な乗り物だ。酒田の街はとても強い雨に見舞われていて、持参した折り畳み傘では対応できないくらいだった。さっき開いたばかりのキオスクで、傘を買う。店番のおばちゃんは気のない返事で、釣りを返した。一人旅の昂ぶりは、予想外にだいぶ凋んでしまった。

強い雨のため、昨日から考えていた計画の変更はすぐさま行動へと移った。飛島に行こう。港までの道のりを確かめて、強い雨の中を歩く。歩く。誰もいない朝の雨の中の商店街と、港までの緩やかな坂道。気が狂ったようなタイヤの音を立てて、鈍い赤色の車が後輪を滑らせて交差点を北に曲がった。

何の前触れもなく、つまり潮の香りや波の音などがすべて雨にかき消されたのだ、港が見えた。北前船の栄華はどこへやら、小さな港だった。

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誕生、おめでとう。

どこから、来たのかよく分からないけど、そっちの世界はどうだった?

なかなか居心地がよかったんじゃない?

大事にとても大事に守られてたもんね。

こっちの世界は色々あるよ。嫌なことも素敵なことも。

一年弱一緒にいたらしいのだけど、もうこれからどれくらいの道のりかきっと想像もつかないけど、今までと違う世界で生きていくんだね。

だけど、きっと楽しいこととが多いと思うよ。こっちの世界。

おめでとう。


 To MichiKa

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4-9-06

つるおかユースホステルに泊まります

旅というほど大袈裟なものじゃないけど、心の中では旅をするぞ!って感覚なんです。

久しぶりの感覚に、脳内妄想旅行をしています。

六日夜に出て、七日に酒田について、土門拳記念館をみて街を散策して、三瀬に戻ってユースホステルに泊まって、八日は飛島にいってその足で山形まで行って、S本に会って、九日は出羽三山のどれかにいって、温泉などに入って十日は山寺にいって、12時を過ぎた寝台に乗って、十一日の朝に帰る。

あー考えただけでも楽しそうだ。

まるっきり自己満足な描写だが、これを見て、馬鹿そうなこの二十三歳八ヶ月に声を掛けてくれる人がいたら、余計に面白い。

はっきりいって、変な文章だ。絶対後から見たら、あの時のテンションはなんなわけ?って思うくらい。

同じ建物内の別会社に酒田出身の方がいて、それがきっかけで少しお近づきになれただけでも、もうだいぶ満足。

旅に生きることは出来ないけれど、その楽しさの片鱗は分けてもらえそう。

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3-9-06

F直る

山形旅行を前にFがオーバーホールから帰ってきました。モルトの交換などをして、綺麗になって戻ってきた。

山形での計画がやっと立ち上がりつつあって、いろいろと勉強中。北前船とか久しぶりに聞いた。

いま読んでいる本が速水融の『歴史人口学で見た日本』なので、経済史とも関わりがあるためタイムリーだし、今回の旅行がいいケーススタディになりそう、な気がする。出羽三山の修験道についても、筑波に通うM池兄から勉強するように言われているし、やること見ること盛りだくさん!

昼に買った上記の著作についてだけど、マックス・ヴェーバーの『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』の要旨と、日本の近世の農業の技術革新の原因を比較したあたりは興味が湧く。

大学の経済史で速水氏の著作を斜め読みしたんだけど、その時ちゃんと読んでいればよかったと少し後悔。

しかし、食べ物がすごいおいしそうだー。いまはブドウか?数少ない好きな果物。

嫌いなものは果物です。あとはシソジュース。

山形在住のS本が山形牛を手に入れたのだとかで、太って帰えれるかもしれん!飛島にも天候さえ良ければ(台風12号接近しなければ)、5時間の滞在が出来ることが分かったので、海産物も楽しみつつ(一口アワビくいてー!)、いい夏休みにしようと思ってる。

これとは関係ない話だが、ほんと体重がすぐ減る体質で、これは体力とのかかわりもあるので、痩せない人がウラヤマシーとかいうけど、結構大切な問題なのだ。

荷造りがまた、楽しみなんだよね。

フィルムも6本くらい買って(家にあったのと合わせて8本くらい)、家でフィルムケースにつめて冷蔵庫に入れようと思ったらさ・・・・

ISO100のやつが全部モノクロフィルムだったんだよ!!!

間違えて買ってもうた・・・。なんで気が付かなかったのか謎。

久しぶりにモノクロである。6年前に撮って以来撮ってない。理由はあまりにセンチメンタルな写真になってしまって、嫌だったからというお子様みたいな言い訳なわけで・・・。

これでまたカラーフィルム買ったら現像費が馬鹿にならん・・・。

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2-9-06

HOLGA風

最近のカメラブームはすごい。

年齢層がぐっと若くなっているらしい。

それも、若い女性が多いらしい。

かわいくて、おしゃれで、懐かしい風のおもちゃカメラのおかげだ。

そんなユーザーをターゲットにした雑誌も、創刊されている。

カメラ日和とか、カメラマガジンとか、どっかおしゃれなんだよ。

別にいいんだけどさ。

銀塩にこだわる派でもないし、デジカメ派でもないし。

けど、「絶対非演出、絶対スナップ」って信条に、心を捥ぎ取られた者として、なんか傾倒できん。

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しかし、HOLGA風。

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秋の空だ。

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