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18-9-06

十年、二十年、三十年

秀麗なる鳥海山を展望台から眺めようと、「巨木の森」を歩いた。たしかに、いままで歩いてきたところでは見当たらなかった木々が、物も言わず生きている。平均気温が十二度というこの島ならではの生態だろうか。甲斐もなく目論見ははずれ、展望台からの眺めは一面の雲と海だけで、あの山の逞しい姿は三十分待っても現れなかった。次第に雨が強くなり、船の時間が迫っていたので、高台を下り森を歩いた。

雨が強く傘を叩く。

中村の集落に入る、あの小学校の前になっても山は姿を見せなかった。気まぐれな雲。同じ名前を持つのに、時に腹立たしい。

郵便局に立ち寄り、急いで直方と東京に三通の葉書を書く。住所録のあるフィールドノートは見つかるのに、ペンが見当たらない。慌てて家に忘れてきたのだ。雨と汗でびしょびしょの手で、ゆうぱっくの宛先を書くために置かれたペンを握る。水滴はぬぐえても汗は体の内から出てくるので仕様がない。ペンは船に乗って荷物の整理をしたときに出てきた。慌てていたのはあの時だったのだ・・・。

目的の四分の三を果たし、また道を歩く。港のどこに住んでいるのか、野良が餌をねだりに遠巻きに窺う。決して寄っては来ない。
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小さな社や、祠や墓を見て歩く。染み付いてしまった習慣だ。しかたない。年号を調べ、何が祀られているかを見る。消えかかった文字や、地衣類に覆われた碑は見ることが出来ない。だが、そう古いものではないのだ。これを建立した人は、未来をどう見ていたのだろうか。

券売所につき、旅客人の個人情報を所定の紙に記し、券を買う。遭難したときに使うのだろうか。

あらめは、特産だそうで、暇そうに居眠りをする土産物屋のおっちゃんを起こして買った。食べ方を聞いたが、残念なことに言葉の半分ちょっとしか分からず、時間もあって要点だけ聞いて後にした。

これでこの島は最後だ。

船にまた、荷物が詰まれる。いろいろなよくわからないもの。さっき書いた葉書は、赤い軽バンを走らせてきた若いにいちゃんが郵便袋に入れてくれたのだろう。一緒に酒田に行くことになった。
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よくみたら、船のむこうに・・・。

気がつかなかった。最後に見れたのだ。

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Reacties

おっちゃんいわく、酢の物か味噌汁だそうです。炒め煮はあったかもしれません。
ワカメとは違ったうまみがあると言ってました。

言葉は想像以上に分かりませんでした。
なんども聞き返したから、気分悪くしたかな。

だけど、
Fでおっちゃんの店を撮らせてもらったら、
うんっと大きく頷いてくれました。
よかったんだろうか・・・。

Geplaatst door: ねずみ | 19-9-06 om 23:03

しつこくごめんね。
見たものには、つい反応してしまうのが
私の性格なのです。

猫の写真、いいね!とっても気に入りました!
2枚あるのが、いいです。

うん、学校の話、また聞かせてください。
そして、あらめの食べ方、
おっちゃんは何て?

Geplaatst door: fuki | 18-9-06 om 22:59

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