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26-2-07

かぼちゃ

京都駅の近鉄プラッツが87年の営業を、今週終える。

京都に来てから、無印のフロアがでかいし、本屋はあるし、sofmapがあるし、便利だからよくつかった。

屋上が好きで、たまに一人でも行った。ライブも見に行った。たばこをのみながら、京都タワーが真上にみえ、東山にかかる雲が動くさまを眺めていた。

地下の食品売り場で、東京にお土産を買って、東口に走ったこともあった。

GAPで安物かって失敗したこともあった。

京都に来た最初の思い出がいろいろある。

最後に買い物をした。

食品売り場で、100円の大きなカボチャを買った。

かぼちゃを炊くのは結構難しいようで、簡単なんだ。

味付けはいらない。かぼちゃだけの味。

ちょっとつかるくらいの水を入れて、強火で炊いて、途中から中火。

ふっくら美味しいのだ。

土曜日に炊いたものを暖めて、今朝親父が食って帰った。

久しぶりに親父と朝飯を食った。

朝から親父は警察職員がwinnyをインストールしていて、そこから情報がもれたことを伝えるニュースに同感して苦言を呈している。

警察職員ともあろうものがって。

かぼちゃは、意外とうまかったようだった。

俺の分も食っていた。

「2年もいると違うな。」

「まぁよ。」

今日、残りの半分を炊いた。

やはりうまい。


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25-2-07

親父

親父が、寝てる。

今日、大阪出張なので泊まりに来た。

ぐーぐー言ってる。

疲れているようだ。

親父は昔ほど、飯を食べなくなった。

朝からカレーを食う人だったのに。

でも俺よりでかい。

背もでかいし、体格もいい。

まだ負けるな。

腰痛だし。

伯父が突然入院した。

親父とは高校と大学が一緒で、伯父が先輩だ。

見舞いに行った。

意外と元気そうで、親父は安心したとしきりに言っていた。

昼間見た『ダーウィンの悪夢』の話をした。

親父もしきりに頷いていた。

「母さんも言うとるが、自分で作ったり知ってる人が作ったりしたものを食ったり使ったりするのが、本来の人間なんだ。グローバルスタンダートなんていう大義名分に踊らされて、つまらんもんに価値を見いだして、手で仕事をすることを、足下を見失ったら、いつか掬われる。」

俺もそうおもう。

景気がいいという。だけど、TVや雑誌やいろんなもので持ち上げられる、幸福の象徴は虚像なんじゃないのか。

親父はどう生きていくのだろう。

俺はどう生きていくのだろう。

ロシア人のパイロットはこういう。

「I don't know how to do it...」

考えて生きてかなきゃな。

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22-2-07

笑う

心の底から泪が出るくらい、いろんなことを忘れて笑ったこと。

最近、あったかな?


心の底から笑わなくても、嬉しい気持ちになることは毎日ある。

東山に昇る寝惚けた太陽が柔らかかったり、昼休みの空がきれいだったり、三時休憩の時の風が気持ちよかったり、作業に没頭しているときだったり、素敵にかっこよく生きている人に出会ったり、道ばたですれ違う人の仕草がおかしかったり。


笑おう。

笑ってみた。

うーん・・・・。


先日、携帯のアドレスを変えた。Tがベタだというコメントをくれた。気づいたのはやつと弟だけだ。弟には社会人として、良い曲だけどラブソングをメールアドレスにするのはどういう了見だと諭された。4つも下のくせに・・・。

happinessisawarmgunかnothinggonnachagemyworldのどちらかにしようと迷ってんだけど、どちらも使われていたので、リボルバーで一番好きな曲にした。でも、使われているというということは、それでメールが送れると言うことなんだよね。


どんな人なんだろうと思った。面白い人だろうか・・・?送りはしなかったけどね。

メモリに入っていたすべての人に送ったけれど、多くが宛先不明で返ってきた。でも意外な人から返事が来たり、どうしているんだと心配してくれた人もいて、ちょっと混乱したけど嬉しい出来事だった。

来月末に帰ったら見たい展覧会がある。

あまり好きな美術館じゃないのだけれど(ギャラリーとしては好き)、トップの埼玉県本庄市出土の埴輪にやられたので、時間をみつけて会いに行きたい。円空仏もでるし。

日本美術が笑う


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18-2-07

孤独な教室

サンタ・ルチアで暴飲暴食をしたせいか、起き抜けの胃が重たかった。

三日前に作ったスープを暖めて飲んで、洗濯をして外に出る。北の方の山に雲間からの光が差している。夜中の暴風暴雨は玄関の外の廊下をびしゃびしゃに濡らしていた。

廊下の向かいにある物干し台は、ひどく濡れていたので雑巾で拭った。

ぼたとん、ぼた。ばらばら。

階下の波状プラスチックの屋根に水が落ちる音が楽しい。洗濯物を干すのを忘れ、そこらへんの水を垂らしていて遊んでいたら、先日アパートを取り壊して更地になった向かいの土地を見に来たスーツの男三人が、ぽかんとこちらを見ていた。

梅が満開に近い。

臭いが、春の「は」の字くらいになってきた。

先月末に「もりた」に行ったときのフィルムを現像に出す。フィルムの写真はこのときがやっぱり楽しい。

今度、東京である大学の友達の結婚式で着ていく服を探しに街に出る。まだ朝方だから人もまばらだ。

日曜日って本当にいい。

午後になって、ボランティアの説明会に行った。腰が痛いのに河原町から蹴上まで歩いたから、着いた頃には冷たい汗を背中にかいていた。腰が鈍くいたい。明日はおネエさんのところに行くべきか・・・。










在日外国人の子どものサポート。

月曜から土曜まで仕事だけど、合間になんとかしたいと思っている。

ことばの壁がまず、大きな問題だそうだ。誰とも話せず、ストレスがたまるだろう。

ことばが話せたって、ストレスがたまることだってあるのだ。

淋しいのは本当に嫌だ。

小中と、人と関わることが苦手で、学校が嫌いだった。勉強が嫌いな訳じゃないんだけど、楽しくないから教室が苦痛だった。

なんとなくわかるかもしれない。

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The Family of Man

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mixiはamazonと結託しているから、本当に読みたい本が手に入らないことがある。ほかのネット書店からも選べるようになればいいのに。

『The Family of Man』

やっと注文していたのが先日届いた。

クレジットを見ていると、『Life』に掲載されていた写真が多いのが分かる。50年近く前のMOMAの企画展の図録のようなものらしい。そのときの詳しい内容は分からないけれど、写真と添えられた短い文章で、50年前の人がこの企画展にどのような希望を持っていたかや期待をしていたのかが、シンプルに伝わる気がする。

Carl Sandburgさんの前書きの一文が面白かったので、載せます。

「The first cry of a newborn baby in Chicago or Zamboango,in Amsterdam or Rangoon,has the same pitch and key,each saying"I am! I have come through! I belong! I am a member of the Family."」

「I am!」が凄く印象的だったのです。


構成はすごく使い古されたものかもしれない。メッセージも今となっては嘘らしく現実を捉えていないものかもしれない。だけども、冷戦の激化がいっそう激しくなっていた出版された1955年という年を考えると、その意味はとても大きいと思う。

半世紀が過ぎた今、この写真集はもう古びたものなのだろうか?

「A world to be born under your footsteps...」(St-John Perse)

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16-2-07

整体にいく

先日、負傷した腰がどうもよくない。

体全体が重く感じて、仕事にも気持ちが入っていない。

一人で十時休憩をとったり、なんとかペースを作ろうと思ったけど、結局だらだらとしてしまった。よくないことだ。

これもすべて、最近は体が丈夫という根拠のない過信からきたもので、本当に慢心なのだ。

寝ていても仕方ないし、整体と言うところに行ってみた。

マッサージも受けたことないし、整骨院だってもう10年くらいいってない。

知らない人に指圧されるのは本当に初めてだ。

会社の人の紹介で大手筋のほうの整骨院にいく。

おとといまでは暖かい昼と穏やかな夜が続いていたのに、こういう日に限って風は冷たいし、気温も下がって腰が悪いのに何でこんな遠くまで・・・。

院内にはいる。


「こんばんわ!!!!!」


整体師何人いるんだ!!

10人はいた。しかも体育会系のノリだ。居酒屋かここは!?

しかも、熱烈にフレンドリーだ。

「どちらにお住まいなんですかぁ?」

「ふ、深草です。」

「遠いところからありがとうございますぅ。今日はどうされましたかぁ?」

「ちょっと腰が痛くてですね・・・。」

「内装業ですから、大変ですよね。上に行ったり下に行ったりぃ。」

ごつい兄ちゃんが、超がつくほど低姿勢でかつ、お姉言葉で焦るわ!!


いろいろな施術を受け、最後にローラーという高価そうなマッサージ機に横たわると、顔の両横から波の音がきこえる。

ここは整骨院か・・・?


波の音の向こうで、にいちゃんたちの会話が聞こえる。


A「お名前なんていうの?」

B「ねずみさん、ねずみさん。」

A「あ、そうなん?ねずみさんやって。ねずみさん。」

C「はい、了解。ねずみさんやって。」

D「ねずみさんね!」

E~HあたりまでC~Dと同文。


おまえら、なに伝言ゲームしとんねん(笑)!!

思わず関西弁が出そうになった。

来週の火曜日、また行かねば。

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14-2-07

この前、稽古に行ったときに掛かっていた軸に

と書いてあった。

ハラ。


腰でもないし、腹でもないし。

いったい、体のどこを指すのよ?

目に見えない、体のどっかなんだろうな。

んでも、なんとなく大事なのはわかる。

小手先じゃなくて、肚でってよくいわれるし、仕事をしているときも体全体を使うように言われるし。

体を動かすってとても面白い。

おっ、こんな風に動くのか。

意外と曲がるもんだ。

って発見がある。

そんなことが、今日身をもって知った。


おもいっきり腰を痛めた。

盤板(お店によっては場板ともいう)という檜でできた馬鹿でかい作業台を三度もひっくり返して動かした時だ。

重さはたぶん100キロくらいあると思う。厚さは五寸くらいあって、半面は白木で半面は漆塗りだから持ちにくい。

会社で一番細い体(186cm身長伸びたんだけど!63kg)をしているけど、一応若い男なので力仕事をさせられる。

腕だけでもとうとして、おもいっきり腰に負担が掛かり、いかん!と思ったときには、もう遅かった。


歩けん・・・。

ぎっくり腰ではないんだけど、地味にいたい・・・。

膝を使わないといかん。

よく分からない部分、肚。

大事だねぇ・・・。

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博物館の近くに、花が咲いてた。野菊?

<物館情報>
二階の海北友松と円山応挙がすごいです。等伯の猿もでてます。

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13-2-07

ことば

無口なほうだけど、多弁になるときがある。

しかし、たどたどしく、極めて不明瞭で、わかりにくく、堂々巡りをし、結局何を伝えたかったのか、わからなくなる。

複雑な音の組み合わせと、その大きさや高低を用い、どんな生き物より、何かを指し示したりすることが得意なはずで、それを一つの武器に野性的とはほど遠い肉体と、その集まりである種を連綿と伝えてきた歴史がある。

だけど、その歴史のもっとも端にいて、経験知が遺伝できないものの、何百人という私の血と関わりのある人間が私という物質的存在を形成する以前にいるはずなのに、不思議なものだ。

もし、言葉が一切口に出来なくなったら、どうなるのだろう。

喋ることを失ったら、どうなるのだろう。

喋るというのは、人が二人以上いるときに、発生する行為だ(独り言というのもあるけれど)。

喋るという能力が失われなくても、喋ることが無くなるというのはある。

人がいなくなったときだ。

山間を旅していた昔の狩人は、どんな風に一日を過ごしていたのだろう。

山形のあの島で、一人で暮らしていたあの人はどうしているのだろう。

加計呂間の浜で会ったそれほど遠くない親戚のおじいさんはどうしているのだろう。

小鹿野の半平の息子を亡くした年老いたおばあさんはどうしているのだろう。

時々、こんなことを考えている。

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11-2-07

子ども

先週末から、習い事をはじめた。

体を動かすことだけなので、とくに道具とかはいらないし、色々な出来事から解放されるような気がして気持ちがいい。

でも、次の日は筋肉痛や擦り傷がでるし、決まって手首に大きなアザと腫れがでるが、動いたあとの爽快な感じは、家に帰ってうだうだして、酒を飲んだり本を読んだりするより、遙かに精神的にいいんじゃないかな。

先生の動きをみていると、口が開いたままのことがよくある。

それくらい、動きが凄いんだ。

武術なんだけど、合理的な動作と流麗な所作が相手を倒しているのだけれど、まるで踊っているようで、これは舞術だと心の底から思ったし、長い年月で培われ考えられた動き方というのは、古典芸能のようだった。

だけど、もっと凄いのは子どもなんじゃないのかと思う。


大人の部の前に子どもの部がある。

ぎゃーぎゃーうるせーわ、そこらじゅう走り回るわ、同じ種族なんだろうかと思う。

だけど、よおく動きを観察すると、彼らの動きって生物としての人間の理に適ったものなんだな。

膝行で畳をすらすらと歩くし、うまいこと跳びはねまわる。

あの頃、24歳になっても、忘れないだろうと思っていた子どもっぽさは、本物の子どもを見たときに受け継がれていないと確信した。

それに、人と人との関係を自分では考えられないような越境性をもっている。子ども同士はどんな風に関係を作っているのだろうか分からないけど、すくなくとも彼らの世界には属していない自分のと関係では、一歩も二歩も懐に入ってくる隙があるようで無いようなそんな存在だ。

人が着替えているのに、延々とよくわからないアニメの話をしている。しかも、物理的距離が近い!おまえら、顔が近すぎだろ!ってくらい。

そりゃ、確かに好きな人と話をしたり、会ったりしたときの体の距離ってものすごく近い、心の距離とシンクロしているのだろう。

だけど、それはすぐ傍で着替えている自分と彼らの関係にも及ぼされていて、まったく意に介せず人の心の縄張りに入ってくるようだ。

今日初めてあった4歳の女の子もそうだった。

舌足らずな口調で、「仲良くしようよ」って言ってくれた。

おめー、4年の人生でその言葉を言えたら、もう最高だよ!

すげーな。おい。

プリキュアとかいうアニメのキャラクターを描いてくれた。白い(服の)おにいちゃんは、とっても嬉しかったよ。どうもありがとう。

子どもって近くにいないといけない大事な人達だね。

うるせーし、わけわかんないほど馬鹿っぽいけど、複雑な感情と思考をもって、愛すべき彼らも日々暮らしているんだから。

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9-2-07

紙の声を聴け

最近、会社の人と付き合わなくなった。

たぶん、「あいつ最近付き合い悪いんだよね」とか「あいつ最近暗くない?」とか言われちゃってる気がする。

本当にこんな風に思われてたらちょっと笑っちゃう。

ワタナベトオル君が大学で授業の出欠で返事をしないのをみて学友が不思議がる、っていう小説でしか見たことのない展開だからだ。

でも、そんな風に思われちゃってもいいのだ。

だって、家に帰ってからやらなきゃいけないことがたくさんあるからだ。

本を読まなきゃいけない。音楽を聴かなきゃいけない。映画を見なきゃいけない。勉強をしなきゃいけない。

最後は怪しいな。

しかし、仕事は楽しい。

それは間違いなく。伝統産業だから未来が不透明で、業界が狭い分嫌なことがたくさんあるけれど、素敵なものが近くにあるので、これを嫌いにならない限り、この仕事は好きだ。

だから、会社の人と仕事以外の話をしなくなった。うーん。これはまずい傾向か?

それよりも、目の前の紙どうやって扱ったらいいかを考える方が、絶対に楽しいと思う。

紙の声を聴け。

きっと表具の神様は、そう言うだろう。

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昆虫記

最近、子供返りをしている気がする。

子供っぽくなったとか、大人しくなくなったというわけではないんだけど、読む本とかが子供や小中学生の時に読むように勧められる本が多くなっている。なんでだろう。去年の夏くらいからなんだけど、すげぇ小説とか映画とか見るようになっているんです。あら不思議。

今森光彦さんの『昆虫記』がその一つ。去年の暮れに忘年会で泥酔した後に、本棚から出してタバコとコーヒー飲みながら小一時間読んでた。謎の行動。

アゲハチョウの幼虫の黄色い角とか、ミミズとか、ああいう軟体のもの、今じゃ触るのに気後れすると思う。それが昔は、ばしばし触ったと思うと、身近なところで動物に会わないというのはいかんな!と思ったりもした。人間以外にも生物がちゃんといるのだ。

この『昆虫記』の中に、バッタの触角の動きをとらえた写真が組で出ているのだけど、その説明に「何時何分」ってかいてあるのよ。

つまり、七時なら七時の長針と短針の位置に触角があるから、そういう風にちょっとおもしろおかしく書いてみたんだと思うんだよ。今森さんは。それに、「何時の方向から敵機襲来!」とか使うしさ、実は一般的な用語なのよ。













だけど、俺、信じてたからね。

触角がそういう風に24時間、時計の動きをしてるって。

バッタってすげぇー。って小学生の時、本気で思ってたよ。

いつ、そうじゃないって気が付いたのか、覚えてないけどさ。だいぶ後になってからさ。まじで恥ずかしかった。









むかしから、思いこみの激しい性格なのです。

こんな風に思いこませた今森さん。第20回の木村伊兵衛賞を『世界昆虫記』でとった人で、実は凄い人なんだよね。(個人的には土門拳賞の地位の向上を求めているんだが・・・。)

滋賀の高島市までは、近いので今月末に写真を撮りに行こうと思ってます。


そして、秋口から魅惑されている星野道夫さんも第15回木村伊兵衛賞の受賞者。


なんか昔、夢中になったことって今でも深いところで流れてるんだな。

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6-2-07

こんな春の日和に

本当に春のような陽気だった。

空気が湿って暖かく、自転車で会社から帰るとき、気持ちの良い風が吹いていた。

春が好きだ。

もちろん、嫌いな季節なんてありはしないし、季節がないからと言って嫌いになることはない。

というよりも、その目に見えない動きを感じられたときが好きだ。

なんか笑ってしまう。端から見られたら気持ち悪いだろうなぁ。


冬の間の昼休みは、いつも座るソファーで敷地内の大きな木を眺めて、だらっとしてる。

寝てる方が多いのかな。

今日は外に出て、ベンチに座ってみた。

背中あったけー!!

太陽すごいよ。



















 ある日の午後、彼の心が自分は幸せだと言ったからだった。

「時々は私は不満を言うけれど」と心は言った。

「私は人の心ですからね。人の心とはそうしたものです。人は自分の一番大切な夢を追求するのがこわいのです。自分はそれに値しないと感じているか、自分はそれを達成できないと感じているからです。永遠に去ってゆく恋人や、楽しいはずだったのにそうならなかった時のことや、みつかったかもしれないのに永久に砂に埋もれた宝物のことなどを考えただけで、人の心はこわくてたまりません。なぜなら、こうしたことが本当に起こると、非常に傷つくからです」

「僕の心は、傷つくのを恐れています」

ある晩、月のない空を眺めている時、少年は錬金術師に言った。




さー、道具の手入れするぞ!

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5-2-07

ピアス

ピアスをして、もう7年くらいになる。

初めて穴を空けたときの感覚は忘れてしまったけど、正直びびっていた。友達にあけてもらったんだけどさ。

体に穴を空けるんだからねぇ。でも、なんか通過儀礼じゃないけど、大人になったぜ!って感じだった。

でもずっと同じ黒いピアス。

吉祥寺のマルイで買った唯一のお気に入りなので、たぶんずっと持っていると思う。

それが、最近もうひとつ空けようかなと思っている。

ただ、ピアサーが手に入らないんだよね。昔はもっとよく売っていたような気がするけど。

俺はなんか変わりたいんだろうか。

と思う今日この頃。二周目の今年。12年前の自分をよく思い出す。

どんな通過儀礼にしよう。

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4-2-07

古本屋にて

古本屋に行くと、必ず尋ねることがある。

「土門拳の写真集ありますか?」

無いと分かっていても、山のように積み上がった書籍の山をかき分けてくれる人もいるし、最近は出回ってないといって、見向きもしない人もいる。他にも、無いけどこれもいいと言って進めてくれる人もいる。

店の主にはいろいろな人がいる。

熊野寮の前の古本屋のおっちゃんは、優しい柔らかい人だった。

たまたま、Fをもっていたことから、会話が始まった。

「何撮るの?風景?」

「何でも撮りますよ。50mm一本しかないので。」

おっちゃんは、体が動かない病気になって十年以上になるそうだ。それまでは、野鳥をNikonで撮っていたそうだ。600mmのレンズと三脚を抱えて御所や鴨川をフィールドとしていた。

珍しい渡り鳥がくると、心を奪われて、誰よりも先に撮ったという。

しかし、体が動かなくなって、七年前くらいに写真をやめてしまった。それで声をかけてくれたのだろうか?帳場の前の古い赤い洋椅子に座って話を聴いた。なんか楽しそうに話していた。

学生運動がさかんだったころに京大の理工学部に見物にいって、中核の学生に警察官と間違えられて捕まった話。

保釈金の出せない学生が、友人のレーニン全集を売ろうと持ち込んできた話。おっちゃんは買わなかったそうだ。

おっちゃんは、体が動くて、どこにどの本があるのかもう分からなくなってしまったけど、帳場に今日も座っている。

そして、たまに望遠鏡を持ち出しては、店の外、本当に小さなドアから見える鳥を見ている。

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3-2-07

パスタ対決

今度結婚する(?)、先輩(友達?)の彼女の話を聴いた。

初めて人と会う時、どれだけ同じことを感じたり、考えたり出来ることって、とても大切だと思う。

音楽や本や人生観とか。

先輩とはそういう点で凄く、シンパシーを得られる。なんとなく、性格まで似ている気がする。

先輩は聴いたそうだ。

「音楽とかってなにきくの?」

音楽って個人的にはかなり重要なので、気になる所だ。もし・・・モー娘。とかEXILEとか槇原敬之とかORANGE RANGEとか答えられたら、もうどうしようもない。話が合わないし、どうしていいかわからない。

先輩の彼女はこう答えた。


「男なら、、、、さだまさし。」


「女なら、、、、加藤登紀子。」


百点満点です。


もう、僕は先輩の彼女を好きに成らずにいられなかった。


こんど、Mさんとのパスタ対決に僕も混ぜて下さい。オリジナルトマトソースをもって参戦します。

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